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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)804号 判決

控訴人 青木きくを

被控訴人 佐藤辰雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、東京都世田谷区若林町二五二番地家屋番号同町七〇三番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一三坪二合五勺を明け渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、新たに、当審証人青木高の証言を援用した外、すべて原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一、控訴人が、昭和一五年七月一五日、東京都世田谷区若林町二五二番地家屋番号同町七〇三番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一三坪二合五勺(本件建物)を、期間の定めなく、賃料一カ月金十八円毎月二八日かぎり支払うことと定めて、訴外河村道に賃貸したが、同人は、昭和二二年一二月頃、本件建物の賃借権を被控訴人に譲渡し、その頃、控訴人が右譲渡を承諾したから、そのとき以後、本件建物賃貸借契約は控訴人被控訴人間に存続して来たものであること、及び被控訴人が、昭和二九年一月以降昭和三一年四月まで、一カ月金一、四〇〇円の賃料(成立に争のない乙第八号証の六によれば、昭和二八年一月より賃料一カ月金一、四〇〇円に増額されたことが認められる。)合計金三万九、二〇〇円を支払わないことを理由として、控訴人が、昭和三一年五月二四日被控訴人に到達した内容証明郵便をもつて、七日以内に右延滞賃料を支払うよう催告するとともに、右期間内に支払わないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争のないところである。

二、被控訴人は、昭和二九年一月分から昭和三一年四月分の賃料合計金三万九、二〇〇円の債務は、すでに供託により消滅しているから、賃料の不払を理由とする控訴人の前記賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じ得ない旨抗弁するので、考えるに、被控訴人が、本件建物の賃料として一カ月金一、四〇〇円の割合により、昭和二九年五月一日に同年一月分から四月分までの合計金五、六〇〇円、昭和二九年九月一一日に同年七月分から九月分までの合計金四、二〇〇円、昭和二九年一二月二二日に同年一〇月分から一二月分までの合計金四、二〇〇円、昭和三〇年四月七日に同年一月分から四月分までの合計金五、六〇〇円、昭和三〇年八月一二日に同年五月分から八月分までの合計金五、六〇〇円、昭和三〇年一二月二八日に同年九月分から一二月分までの合計金五、六〇〇円及び昭和三一年四月二四日に同年一月分から四月分までの合計金五、六〇〇円をそれぞれ、供託物交付請求権者を控訴人の夫である訴外青木高と指定して、弁済のため供託したことは、当事者間に争がないところであり、原審証人佐藤美代、河村道、原審並びに当審証人青木高の各証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人が、昭和二八年一二月末頃被控訴人に対し、従前の賃料一カ月金一、四〇〇円を一カ月金二、〇〇〇円に値上げする旨申し入れたが、被控訴人は経済上の理由からこれに応ずることができず、昭和二九年一月末、被控訴人が希望する控訴人の要求額と従前の賃料額との中をとつた金一、六〇〇円を、妻である訴外佐藤美代をして、賃料受領の代理権を控訴人から授与されていた控訴人の夫である青木高に提供させたところ、同人は一応受領しながら、翌日これを被控訴人方に返戻し、金二、〇〇〇円の値上げ要求に応じられないなら、本件建物を買い取るかまたは明け渡して貰いたいと申し入れ、右金一、六〇〇円の受領を拒絶し、なお昭和二九年二月末にも、佐藤美代が賃料として一カ月金一、六〇〇円計二カ月分を控訴人方に持参したが、控訴人夫妻は留守で、同人等の息子の妻が受取ることができないと拒絶したため、被控訴人は、控訴人がその後の賃料についても予め受領を拒んだものと解し、前記の如くそれぞれ供託するに至つたことが認められ、右証人及び本人の供述中この認定に反する部分は採用しない。

右のとおり訴外青木高が控訴人に代つて本件賃料を受領する権限があるのであるから、同人を供託物を受取る権利を有するものとして、これに宛ててした前記各供託はいずれも有効であるといわなければならない。控訴人は、同人が被控訴人から送付を受けた供託書を青木高に宛てたものであるという理由で直ちに被控訴人に返戻したのであるから、被控訴人は供託した賃料を取り戻した上正当な権利者である控訴人に支払うことができたのにかかわらず、これをしなかつたものであるから、右供託の効力はないと主張するけれども、右主張は採用することができない。

果してしからば、被控訴人のした前記各供託によつて、控訴人に対する昭和二九年一月分から昭和三一年四月分までの賃料債務は、各供託の日に消滅したものというべく、従つて控訴人の賃料不払を理由とする本件賃貸借契約解除の意思表示は被控訴人のその余の抗弁について判断するまでもなく、その効力を生じないものといわなければならない。

三、よつて、進んで、被控訴人が控訴人の承諾を得ることなく本件建物に湯殿を増築し、生垣を修築したから、控訴人はこれを理由として、本件訴状により賃貸借契約解除の意思表示をなす旨主張するので、その当否について検討する。

被控訴人が本件建物に湯殿を増築し、生垣を修築したことは当事者間に争のないところであり、成立に争のない甲第一号証によれば、従前の借主である河村道が控訴人から本件建物を借り受ける際、当事者間において、借主が貸主の承諾なくして、建物を変更しまたは造作の模様替えをしたときは、貸主は賃貸借契約を解除し得る旨の約定が成立したことを認めることができ、右約定は本件建物賃貸借契約が控訴人と被控訴人間に承継せられたとき、これに随伴したものというべきである。しかるところ、原審証人河村道、佐藤美代の各証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果並びに検証の結果を綜合すれば、前記湯殿は、昭和二五年頃、被控訴人が先に建てた物置解体後の古材を主として、本件建物中台所の北側に接して建築したものであること、同所は普通木製桶を置くほか、わずかな流し場をしつらえた程度の広さにすぎず、土台はなく、屋根はタール塗厚紙及び渋板張り、東西北の三方はもと台所の開き戸二枚及び渋板をもつて囲んだ程度のものであること、また、前記生垣は、もと本件建物の北側にあつた生垣が戦時中取り払われたままになつており、子供がそこから北隣りの佐藤美代治方に出入りしたりするので、これを止めるため、被控訴人が昭和二六年頃金二〇〇円位相当の竹を購入し、手製で設備したものであること、及び右湯殿の増築、生垣の修築につき、控訴人は隣家にあつてこれを熟知しながら、本件賃貸借契約解除の意思表示をなすまでなんら異議を申し出でたことなく、これを黙認していたことが認められ、原審並びに当審証人青木高の証言中右認定に反する部分は、これを信用することができない。

してみれば、被控訴人の本件建物の変更につき、控訴人の承諾のないことを前提として、本件賃貸借契約を解除する旨の控訴人の意思表示は、その効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

四、以上の理由により、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべく、これと同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 土肥原光圀)

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